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名古屋市千種区春里町4丁目について
『春里町4丁目』はハイツや一戸建てなどが混在する住宅地。地下鉄名城線・東山線の「本山駅」や地下鉄名城線「自由ヶ丘駅」が徒歩圏で利用できます。町の中心付近から「本山駅」までは高低差約10mの下り坂。付近には大小の公園が点在し、町の中心から徒歩15分ほどの距離に『茶屋ヶ坂公園』や『平和公園』もあります。町内は一方通行の狭い道が多く、やや入り組んだ印象の街並み。学校区は、『自由ケ丘小学校』と『千種台中学校』。町の中心付近から約600m南へ行ったところを広小路通り(県道60号線)が通っており、車での移動に便利です。町の北西約600mの距離には『城山八幡宮』があり、織田信長の父である織田信秀が築城した『末森城』の城跡に立地することでも知られています。
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『自由が丘駅周辺エリア』は、園内に2,300本の桜が植えれた『平和公園』の西側に広がる第1種低層住居専用地域中心の緑豊かな住宅地。アップダウンのある丘陵地に一戸建てが多く立ち並んでいます。エリア中央にある地下鉄名城線「自由ヶ丘」駅の開業は2003年で、市内では比較的新しい駅。駅前にはスーパーや市営住宅、マンションが集まっています。エリア南部の春里町や徳川山町は急勾配の坂道が多く、高い擁壁のある住宅や敷地内の高低差を活用して設計された住宅が目立ちます。また鹿子殿には自然林も残っており、野鳥観察や既存の緑を生かした散策路、『猫ヶ洞池』での釣りなど、市民の憩いの場として親しまれています。エリア西部の月ヶ丘界隈も起伏の多い地形。関田名古屋線沿いにある『水の歴史資料館』には、尾張藩時代からの現代に至るまでの市内の上下水道事業の歴史や役割・防災についての資料が展示されています。エリア北部の富士見台・光が丘・希望ヶ丘界隈は比較的平坦な地勢で、道路幅員も十分な広さがあり、区画の整った閑静な住宅街が広がっています。エリア東側にある『平和公園』は戦後の区画整理事業の一環として整備された大規模公園。市内に点在していた279寺の墓地が集約され、公園内北部の墓園に移転されました。 詳細
『城山八幡宮』は地下鉄「本山」駅の1番出口から北西へ徒歩6分(約450m)のところに鎮座する神社です。1550年ごろに織田信長の父である織田信秀が築城した『末森城』の城跡に立地。戦国時代や江戸時代には武士の崇敬を集めていたとされ、1936年(昭和11年)に現在の場所に遷座しました。厄除開運・交通安全・縁結び・安産などの祈願が可能。近年は『高牟神社』(千種区今池)や『山田天満宮』(北区山田町)とともに「恋の三社」と呼ばれ、恋愛運気上昇のパワースポットとして注目されています。『昭和塾堂』は1928年(昭和3年)に愛知県が青年の訓育施設として末森城の二の丸跡に建設。日本軍の司令部や千種区役所の仮庁舎などの用途で使用された後、現在は愛知学院大学の研究棟になっています。 (2020.08.18 時点)
『揚輝荘』は、地下鉄東山線「覚王山駅」から北東方向へ徒歩約5分、「名古屋市千種区法王町2丁目」にある観光施設。名古屋で創業したデパート・松坂屋の初代社長15代伊藤次郎左衛門祐民が別荘として使用していました。当時は迎賓館や社交場として国際交流の一環で園遊会、観月会、 茶会などを開催。現在では旧食堂を利用したクラシカルな喫茶室があり、修学院離宮の影響を受けたと考えられている池泉回遊式庭園を散策ができます。
(10件の口コミ)
地下鉄「覚王山」駅の1番出口から北西へ徒歩6分(約450m)のところにあります。日本で唯一のいずれの宗派にも属さない日本の全仏教徒のための寺院。釈尊(お釈迦さま)のご真骨をタイ(当時の国名はシャム)から拝受し、1904年(明治37年)に建立されました。釈尊を表す「覺王」を山号とし、日本とシャム(暹羅)の友好を象徴して「覺王山日暹寺(にっせんじ)」と命名。1939年(昭和14年)にシャムの国名がタイに変わったことから、1942年(昭和17年)に現在の名称になりました。広小路通から寺の入口までの参道にはお洒落な飲食店やエスニックな雑貨店が並び、若者に人気のスポット。毎月21日には縁日が行われ、歩行者天国になった参道や境内には多くの露店が並び、多くの人でにぎわいます。 (2020.08.18 時点)
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