どの部門にも
アホがいます
chosenki



オフィスに室の怒号が響き渡った。ヒートアップした室を見たのは久しぶりだった。 ウェブサイトの新企画『マンション大全集』の公開が間近に迫った日のことだった。 室が要望していた難易度の高い技術を要するページがどうしても上手くいかない。 制作担当の横山(当時、入社2年目)が、公開期日の延期を求めたのに対し、冒頭の言葉が浴びせられた。 横山とて、決して手を抜いていた訳ではない。プロでも困難な室の要望を、html言語の何たるやから学んだ素人が独学で実現しようとしているのだ。 横山だけではない。室の無謀な夢を叶えようと関わる皆が、立ちはだかる壁を越えようとしていた。 だが、室の思いは、そんな周囲のレベルをはるかに上回る「信念」にまで昇華されていた。

正直、非営業部門の過酷さを表現するのは難しい。何故なら、華麗なるエピソードなどないからだ。 「地道」。この一言に尽きる毎日なのだ。 しかし、この男がやろうとしていることは、どこの誰にも真似のできない日本一の不動産情報サイトの実現だ。



室が、ウェブセールスプロモーションチームの立ち上げの内辞を受けたときの返答だ。以前から猛烈にやりたかったことに注力できる!室は武者震いさえ覚えた。 当時、不動産業界におけるウェブ戦略はまだまだ遅れていた。 もちろん、ウィルにもそこそこの自社サイトはあったが、 反響(問合せ)は、外部の不動産ポータルサイト頼みという状況だった。
「反響を取れる自社サイトをつくる」それが室に課された使命。 生来、世にないものを生み出すことに喜びを感じる室は、業界の慣習や相も変わらぬ営業手法に辟易していた。 また、過去10年間の営業経験を通じて、世の中の画一的な住まい探しに対する疑問と、ウェブ分野への可能性も少なからず感じていた。 「日本一の不動産情報サイトをつくる!」室は、会社からの使命に自分の夢を載せた。結果を出さなければチームは即解散。 40代にして未経験分野への挑戦、予算や社内の理解など厳しい条件やプレッシャーも、その先にあるワクワク感が吹き飛ばした。  早速、図書館にあるだけのSEO本などを読みあさった。出発は、そこから。アホな大人の日本一への挑戦が始まった。

日々、淡々と情報を更新。



室が思い描く日本一の不動産情報サイト。それは、日本のどこにもない、他社では絶対やらない、いや、おそらく作ることのできないサイトである。 なぜ、できないのか?暴挙だからだ。たとえば、当社サイトでは毎週100件の新規物件を公開する。「新規物件100件」とだけ聞けば大したことはない。 しかし、中身が違うのだ。ここが他社サイトとの大きな違いとなる。 写真、図面、設備仕様、セールスポイント、周辺施設、地域住人のコメントに至るまで、 顧客の「あったら嬉しい」を網羅している。 1件を公開するのに要する時間は約90分。もちろん可能な自動化・効率化を図った上でだ。 2年間、このルーティンワークをやり続け、 ざっと15,600時間を物件公開に費やしている。一見、非効率に思えるだろう。しかし、どこにもない詳細サイトが実現している。 室は言う。 「たとえ大手他社がそっくりそのまま当社のサイトを作りたいと言っても無理でしょう。 他社には、うちにある人的資源がありません」。簡単に言うと、ここまでアホな夢に付き合ってくれる社員がいないということだ。

AM5:30、室の一日は始まる。毎週新規100物件をクオリティを落とすことなく公開するため、徹底した時間管理が為されている。 室のスケジュールにはその風貌とは裏腹に寸分の隙もない。まずは、数千ワードに及ぶ検索キーワードの運用・管理などルーティンワークをこなし、 晴れた日は、午前のうちに物件や生活施設、街並みの撮影に出る。午前の方がいい写真が撮れるからだ。 帰社後は、撮影した写真の選別と加工、各部署から集まった素材を統合し公開準備をする。これが平日の動き。週末は打合せを入れる。 食事と風呂以外は、ほぼサイトのことを考え続けている。室のノートを見せてもらった。 そこには新たなアイディアや、制作担当に伝えるためのサムネールでぎっしり埋められている。 お世辞にも上手い絵とは言えないが、この鉛筆描きが日本一のサイトにつながっているのだ。




今、確実に結果が出ている。ひと月の反響数はチーム発足前の9倍。例の不動産ポータルサイトの反響数は優に超えている。 「ホームページがいいので、問い合わせしました」「ウィルさんのサイトの方が丁寧に自宅を紹介してくれるので、ウィルさんに売却をお願いしたいです」 など、顧客からの評判も高い。 ウィルのウェブサイト、そしてウェブセールスプロモーションチームは、営業マンたちにとってなくてはならない存在となった。 「もう、問い合わせ数は十分じゃないですか?」愚問を投げてみた。「新規店舗を出すには足りないでしょ」即答された。 頭の中では、すでに新規店舗や、新サービスページのことが考えられている。 また、具体的な目標として、現状は月11万アクセスほどの不動産情報サイトを、 3年以内には月100万アクセスの『地域の情報ポータルサイト』にするという使命がある。 少年時代、新しい遊びを考えては学校中でそれを流行らせ、満足していた室。 今日も遊びに行くがごとく、カメラを肩にオフィスを出ていった。


近場の物件撮影は愛車で駆る。